―交差点―

 街ゆく人々…慌ただしく、求めるモノもなく流れていく…目的もなく、当たり前のように
同じ毎日を繰り返す。
良いことも、悪いことも…それを、当たり前に感じていくんだろうか…?

「塔矢…アキラ…」

 ふと、口の中で、小さく呟きにしてみる。
ほわっと、どこか暖かい気持ちになるのに…それでも、あいつの名前でそんな風に思うのがわからなくて
ちょっと、苛ついた気分になる。

「う〜〜〜…」

 ぐちぐちと、悩むのは自分の性でないけど…塔矢が絡むといつもこうだ…
簡単に、気持ちが切り替わらなくて…なんだか、引きずる…。
ぶんぶんと、頭をふって…気持ち切り替えるように、わざと…

「あんなやつのことなんて、どうだっていーさ!」

 口に言葉にしてみても、どうしても…頭からこびりついて離れない…
あいつの、人生全てを囲碁にかけた真摯な瞳…真剣で、それほどまでに囲碁をと思うと…ちょっと、悔しかった。
そこでまた、あいつのことばかり考えてる自分が…少しだけ、馬鹿らしくなった。

「進藤ヒカル!!」

 幻聴まで聞こえる…俺の頭も、相当いかれてるな…。
耳に聞こえてきた声に、あんまりにも…意外すぎて、俺は一瞬そんなばかげたことを考えた。

「進藤!」

 もう一度呼ばれて…はっと、振り返った。
そこには、思いも寄らなかった人物が立っていた…塔矢アキラその人だった。

「え、あ、塔矢…」

 唐突すぎて、内心すごく驚いていて俺は…なんとも…間の抜けた声で…返事をした。

「進藤…久しぶりだね…」

 少し予想外で、噂をすれば何とやらってやつかな?なんて、的外れなことを思ってみたり…
塔矢は、何のようだろうと思ってみたり…。
どうやら、脳は、あんまりまともに現在の状況判断を下してはくれなかった。

「ん、あぁ、久しぶりだな…塔矢…」

 ヒカルは、苦笑気味に笑って…塔矢は、その笑みに微笑んだ…。

「進藤は、こっちの方へ何か用があったのかい?」

 とても、優雅な仕草で小首を傾げた。

「いや、とくにはなんもねーよ…」

 ついって、ベンチから立ち上がれば…。

「暇だったら、うちへ来ないか?」

 塔矢から誘われた、まさかこいつが誘ってくるとは考えたこともなかったけど
唐突すぎて、何の考えもうかんではこなかった。

「…え?」

 だから、一瞬思考が止まって…。

「嫌なのかい?」

 無意識に、ヒカルは首を横に振った。

「いく、いく…」

 そういって、頷いた。
たぶん、囲碁がしたいんだろうと俺はその時はそう思っていた…。

信号機が点滅して…

「あ、信号が変わってしまう、早く行こう…」

 そう言われて、腕を掴まれて…人が流れる街並みを、早足で抜けだした。
大通りを抜けて、住宅街に入れば…。

「塔矢…」

 ホントに小さく、掠れるような声で呟いてみた…。

「なんだい、進藤?」

 塔矢に聞こえていたようで、返事が返ってきた…
先ほどよりも、幾分かスピードも落ちて…ゆっくりと、散歩しているようなペースなのだ。

「な、なんでもない…」

 焦ったように、ヒカルは首を振った。

「もうすぐ家につくけど、そこの公園にでも寄っていくかい?」

 すっと、指さされた先には…ブランコとベンチと滑り台と砂場…小さな、公園があった。

「あぁ、俺はどっちでもいいけど?」

 こういう公園は、どこか懐かしく思う…
小さな頃に、遊んだ記憶がきっとそう思わせるのだろうけど。

「じゃあ、よっていこう…」

 塔矢は、小さく笑って公園に入り…ブランコに座った…
ヒカルもブランコに座った…隣同士で。

ギィギィ…

軋むような音を立てて、ブランコが揺れる。

「なぁ…塔矢…」

 俺は、塔矢の名前を呼んでみた…。
なんだか、隣にいるのが不思議で…。

「なんだい、進藤?」

 当たり前のように、返される返事…微妙な、違和感に近い感覚…
碁盤を、挟んでない俺達はこんなような感じなのかと…思った
はじめてあったときも、俺達はただ碁をした…。

「ん、ううん、やっぱ、なんでもない…」

 違和感がなんなのかわからないまま、側にいることが…
なんだか、落ち着かない…。
囲碁をしていれば、こんな気持ちにはなってなかったかもしれない…
俺達の間に、囲碁が存在しないときは…それが、違和感に感じてしまうのだろうと
ただ、そう思うことにした。

「…そうか」

 そうして、塔矢はちょっと真剣な顔をして俺を見つめた
俺は、囲碁をしているときの顔に似てると、思った…。
そして、塔矢が口を開いた…

「ねぇ、進藤…僕は…」

 その時、曇り空だった空から…

ポタリ…ポタリ…

「何、塔矢?」

 言いかけた言葉を、塔矢は飲み込んで空を見上げていた…。

「いや、何でもない…それより、雨だ…早く、行こう」

 塔矢は、ヒカルの腕をまた掴んで…
早足に、公園を後にした…

「待てよ、塔矢…」

 早足に、ちょっと転びそうになりがら…後をついていった。



カチャ…

 鍵を開けて、家の中に入る…
結構急いできたけれど…突然、激しく降り出した雨に為すすべもなく…
玄関は、水たまりを作っていた…。

「うわぁ〜、ビショビショだよ…」

 『待っていて』と、玄関に待たされたまま…何もすることがなくて…
ぼんやりと、していたしーんととした空気が張りつめていて…寒さに身を震わせながら
自分とは相容れぬこの空気に…それでも、どこか憧れに近い懐かしさを感じていた
瞳を閉じて、ここはどこだろうと考えれば…すぐさま、囲碁が浮かんできた
ヒカルは、慌てて瞳を開けた…

そこには、塔矢が早足で寄ってきて。

「ほら、これでふいて…今、お風呂わかしてるから…」

 ヒカルに、タオルを渡すと…。
塔矢は水を吸った髪を重苦しげに掻き上げて、自分の髪もタオルで拭いて
あっというまに、濡れたろうかも片づけた。

「あぁ…」

 正直言えば俺は、その時塔矢の話をあんまり聞いてはいなかった…
なんと言えばいいのだろう…塔矢が来た瞬間、空気が変わった…
研ぎ澄まされた、緊張が走るような空気が緩和され…
暖かくなったような気がした。

「とにかく、暖かい部屋へ行こう…」

 そう言って、塔矢は奥の部屋へ案内した…
そこは、ストーブもついていて…だいぶ冷えていた身体には、ちょうどいいくらい
暖かかった。

「あったけ〜」

 俺は、その暖かさにほっと一息ついた。

「ココアで、いいかな?」

 とりあえず、服だけでも着替えてきたらしい塔矢は
温まる飲み物をと思い、ヒカルに聞いた。

「あ、うん、それでいーや」

 ヒカルは、にっこりと笑った…。

「じゃあ、すぐに作ってくるよ…」

 塔矢は、頷いてキッチンへ消えていった…。

数分後…

甘い香りとともに、塔矢が現れてその手には小さなお盆に…ココアとお菓子らしき物がのせられていた。

「あ、塔矢…」

 甘い香りに誘われるように振り向けば、塔矢が立っていた。

「はい、進藤…これで、身体が暖まると思うよ」

 そう言って、ヒカル目の前にお盆を置いた。

「ありがとな、塔矢」

 そう言って、ヒカルはまたにっこりとした笑みを浮かべた…
本人は無意識だろうが、回りにいる人間に言わせれば…無防備きわまりない笑顔だったといえよう
誰にでも、微笑みかけて…ついて歩く…。

「いや、僕が誘ったんだから…」

 ちょっと、気に病んでいるような苦笑を塔矢は零した…
その苦笑は、別の意味で零されていたんだけれど。

「いや、全然いいって…俺は、気にしてないからさ」

 ちょっと、慌てて早口になりながら…ヒカルは、言った。

「…ありがとう、進藤」

 塔矢は、微笑んだ。

ピーピーピーピー…

 突然、電子音が鳴り響いて…

「え、あ、何!?!?」

 ヒカルは、驚いて、回りをキョロキョロ見回した…。

「ぷっ…あはは…」

 塔矢は、今度は声を立てて笑った…。

「なんだよ〜」

 む〜、っとヒカルはむくれてそっぽを向いた。

「っ…お風呂、沸いたみたいだから」

 今にも、吹き出しそうになるのを抑えて…まじめな顔でそう言った。

「あ、うん…わかった」

 そう頷き返して、とりあえず…ちょっと、むくれた気分のまま…
風呂場へ向かった。

「ゆっくり、入ってくるといいよ…」

 塔矢は、そう言って脱衣所の扉を閉めた…。

「なんだ?塔矢のやつ、一緒に入ればいいのに?」

 『一緒にはいろうぜ…』と、言ったら…塔矢は困った顔をして…『僕は、良いよ…服も着替えたから…』
そう言って、苦笑を浮かべた…。

ガラガラガラ…

風呂場の扉を開ければ…

「うわぁ〜すっげぇ〜…」

 泳げそうな広いお風呂、しかも、檜で作られている浴槽…
ホッとする優しい香りがした…
こう言うときは、やっぱり自分も日本人だなぁ〜っておもう。



「ふぅ〜」

 深いため息を吐く、まさか…『一緒にはいろうぜ』なんて、言われるとは
欠片ほども予想していなかった…
当たり前のように、向けられる笑顔は無邪気で…
時折、自分が彼にもってるこの気持ちが…酷く、穢れた物のように思う。

「進藤…ヒカ…ル…」

 名前を呟くだけで、暖かい気持ちになれる…

笑顔を見られるだけで幸せだけど
本当は…

抱きしめたい…側にいたい…

そんなことを思いながら、料理を作っていた…

「あ〜、いい湯だった」

 そんな声がして、きっと、貸した服を着てこっちへ向かってくる彼の姿が思い浮かぶ。

「あ、塔矢…こんな所にいたんだ?」

「お腹空いてるだろうとおもってね…」

 そう言って微笑む、でも、ヒカル上気した頬に目が惹かれる…
頬に、手を当てて…上向かせる。

「塔矢?」

 きょとんと、無垢な瞳が見上げてくる。

「ごめん、進藤…」

 塔矢は謝った、ヒカルは何のことか訪ねようとして…。

「え、なん…」

 言葉は、途中で途切れた…

唇から零れようとした言葉は、塔矢の口内に飲み込まれた…。

それは、一瞬だったかもしれない…

でも、ひどく…ひどく…

長く感じた…



進藤の唇は…甘くて柔らかかった…

閉じていた瞳を開いて、進藤を見たら…涙をこぼしていた…

まるで、信頼を裏切られてたような…



いきなり口付けられた…

何故なのかわからなかった…胸が苦しかった…勝手に涙が流れてきた…

混乱して、何がなんだかわからず塔矢を見つめた…



「……塔…矢…」

 とぎれがちに、名前を呼んだ…硬直していた身体は、それでやっと血が通いはじめたように動いて
苦しかった呼吸が、戻ってきた…。

「…ごめんね、進藤」

 塔矢はそう言って、ヒカルの涙を拭って抱きしめた…。

ヒカルには、何故謝られたのか、どうして口付けられたのか…
何もかもがわからなくて…答えが欲しかった。

「…な、なんで、なんでだよ、塔矢!!」

 続き言いかけて、言葉に詰まった…
それなら…謝るくらいなら、キスなんか…するなよ!!
そう言おうとして、言えなかった。

そう思ってしまった自分さえ、不可解だった…。

「ごめんね…」

 本当に、ごめんね…。

「…もういい、もういいよ」

 もういい、謝られても仕方ない…
過ぎ去ったことの、真実を言わないのなら…どうしようもない。

「俺、帰る…俺の服は、捨てていいから…」

 自分が今着てるのは、塔矢の服だけど…
後で、送り返せばいいだけだと…。

「待って…」

後ろを向いて、玄関へ向かおうとしたところを…服の裾を掴んでとめた。

どたん…

凄まじい音を立てて、ヒカルは転んだ…

「いってぇ〜」

 赤くなった鼻をさすりながら、涙目で、塔矢を睨みあげた。

「ご、ごめん…進藤…大丈夫?」

 手を差し出して、立ち上がらせようとした。

「触んな!!」

 きっと、睨み上げるようにヒカルは怒りを露わにしているけど…
その顔にさえ、惹かれると言ったら…彼は怒るだろうか?

「ごめん…」

「あやまるな!!」

 ヒカルは、イライラとして…とりあえず立ち上がった。

「進藤…」

 すまなさげに、塔矢は視線を下げて。

「謝るくらいなら、はっきり言えよ!!俺、塔矢の考えてること全然わかんねぇーよ」

 ヒカルにすれば、ずいぶんと譲歩だった…。

塔矢にすれば、言ってしまって嫌われないのだろうかとそう、おもって…口に出せなかったけど…
このまま言わなければ、きっと帰ってしまうつもりで…二度と、会ってくれないかもしれない…そう思えば
なんとか、口に出来そうだった…。

「好きだよ…」

 声を絞り出すように、告げた気持ちも…

「何がだよ?」

 ヒカルには全然通じてない様子で…。

「君が好きなんだ…」

 ヒカルの手を恭しく持ち上げて、口付けた。

答えが怖くて、顔を上げられなかった…。

「お前って…あいかわらず、勝手なやつだよな…」

「一方的に…いつもさ」

 淡々と、ヒカルは言葉を紡いで。

「顔…あげろよな…」

 その言葉に、ゆっくりながら顔を上げれば…
ヒカルは笑顔で、微笑んでいた。

「俺は、お前のこと嫌いじゃないよ…」

 そういって、にこにこと笑った。

「進藤…」

 ちょっと、唖然として塔矢は呟いた。

「俺も、たぶん…お前のこと好きだ…」

 ちょっと頬を染めながら、ヒカルは満面の笑みで言った。



今度は、塔矢も微笑んで…

ただ強く、強く…抱きしめた…



友人からのリクです…カプリは自由…何でもいいと言われたので…
だいぶ前から、一度アキヒカを書こうと…思っていたもので…。

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