―――答えのない問い…

 

満天の星空が広がる冬の空を、タカオは屋根に登って眺めていた。

寒空の中、綿のパジャマ一枚に裸足といういでたちなのに、寒いという感覚は全くない。

それどころか、火照りとフワフワと浮くような感覚が体を支配している。先程、祖父の目を盗んで飲んだ酒のせいだった。

早く寝たくて飲んだつもりだったが、逆に目が冴えてしまったみたいだ。アルコールに体が慣れていないせいか、心臓が激しく脈打っている。

ふう、と空に向かって息を吐く。

吐き出さされた息は、冷えた空気に触れて白く曇った後、ゆっくりと闇の中に消えていった。

それをぼんやりと見つめる。

眠れない…

明日のことを考えたくなくて。早く、寝たくて…大人の真似をして、慣れない酒を飲んだのに…

「カイ…」

ポツリと、無意識にその名が口から出てくる。

寝つきの良いタカオが眠れない原因。

明日は、ロシアから戻ってきて初めて、カイと会わない日なのだ。

家の所用でどうしても一日中屋敷にいないといけないらしい。

会えないのは寂しいが、こんな日もあるんだと、自分に言い聞かせて眠ろうとした。

だけど…

 

 

寂しいよ…

毎日でも会いたいのに…

カイは、違うのかな…?

 

 

会えないのは仕方の無いことだと自分に言い聞かせるが、すぐに別の感情が表に出て、せっかくの努力を打ち消してしまう。

無理にでも眠ろうと、祖父の酒を少し飲んで布団に潜った。

なのに…

結局眠ることができずに、布団を出て寂しさを紛らすために屋根に登って星を見ていた。

毎日会いたい、顔を見て話したいという願いは、タカオの中でどんどん大きくなっていく。

 

 

逢いたいよ…

逢いたい…よ…

お願いだよ…

俺だけを…見てよ…

 

 

カイは自分だけのものじゃない。それはわかっている。

わかっているけど……

いつの間にかタカオは、カイに、自分だけを見てほしい、自分のことだけを考えてほしい。あの紅い瞳に、これから先ずっと、自分だけを映すにはどうすればいいんだろう…そればかりを考えるようになっていた。

その思いは、カイと会い、別れる度にどんどん強くなってゆく。

始めはただ、別れるとすぐに会いたくなるという程度だった。

だが、最近は会っている時でも、ふと、カイの視線が自分から外れるだけで胸が苦しくなってしまう。自分だけを見てほしいと叫びそうになってしまう。

現に今も、屋敷にいるカイが一体何を見て誰と話しているのか、気になって仕方がないのだ。

酔いのせいかカイのことを考えすぎたせいか、息苦しくなって息を吐いた。

膝の上に置いた腕に顔を半分埋めて、カイの屋敷がある方向をじっと見る。

これは、一体なのだろう?いつからこんな感情が?

この想いを一体何と言うのか、戸惑いながらも考えてみる。

「…え…?」

突如思い浮かんだ単語に、タカオはギョッと身を硬くした。

信じられないと、叫びそうになった口を咄嗟に塞いで、大きな目をさらに見開く。

 

 

嘘だ…

こんな感情が俺の中にあるわけがない…

消えろ…

消えろ!

 

 

打ち消そうと激しく頭を振る。

だが、名を得、形を得た想いはタカオの中にどんどん広がっていく。

想いに捕われたくなくて、パジャマ越しだが腕に爪を立てる。

「…ぁ…」

だが、タカオの拒絶を嘲笑うかのように、それは麻薬のように全身に広がっていった。

 

 

どうしよう…

どうすればいい?

助けてよ…

今すぐ傍に来てよ…

お願いだよっ…

カイ…っ

 

 

常に明るい場所にいたタカオにとって、この激しく暗い想いは恐怖でしかない。

体の中で荒れ狂う感情の波を静めることができず、目の前が真っ赤に染まった。

「…っ」

寒さのせいか、恐怖のせいか…ガタガタと身体が震えだす。

震えを止めようとギュッと自分の身体を抱きしめるが、震えは止まらずますます酷くなる一方だった。

 

 

こんな感情、持っちゃいけない…

カイに…カイに迷惑がかかる…

でも…

でもっ…

どうすればいいんだよっ…

 

 

抑えられない感情に耐えられず、透明な雫が頬を伝いタカオのパジャマを濡らす。

「…っ!」

どうすればいいかわからず、いっそ狂ってしまったほうが楽だと、頭を抱えて掻き毟った。

ふと、どこからか視線を感じる…。

ぴたりと、頭を掻き毟る手が止まった。

一体どこからかと、手を頭から離して顔を上げ、視線の主を探した。

「?」

玄関の前にある街灯の下に、人が立っていた。

顔を上げて、じっと、タカオを見ている。

まさかと、濡れた瞳のままタカオの目が大きく開かれた。

会いたいと強く願ったが為の、幻覚だと思った。

だが、タカオが自分に気付いたのがわかったのか、街灯の下の人物が動いた。

すっと右手を上げる。弱い明かりの下でもわかる強い意志を示す目が細められ、滅多に笑わない口元が僅かに上がった。

「!」

視線の主が誰かわかった途端、タカオは座っていた屋根から立ち上がっていた。転がるように自分の部屋に入り、真夜中だと言うことも忘れてけたたましい音を立て、玄関の戸を開ける。

「カイ!」

さっきまでタカオを悩ませていたものが跡形もなく霧散する。

会いに来てくれた事が嬉しくて、ただ傍にいたくて、温もりの中でまどろみたくて…

走った勢いのまま、カイの腕の中に飛び込んだ。

 

 

「呼ばれたような気がしてな…」

走ってきたままの勢いでしがみ付いてきた身体をしっかり受け止めて、腕を回してそっとその体を包み込む。胸に埋まっている頭に顎を置いて、突然の来訪の訳を話した。

だが、その言葉に答えず、タカオはカイにしがみ付いたままだった。

「どうした?」

顔を上げないタカオの体が小刻みに震えているのが、薄いパジャマ越しに伝えられる。様子がおかしいことに気が付き、しがみ付いている身体を引き剥がして顔を見ようと、カイがタカオの肩に手を掛けた。

たが、タカオは強く首を振って、更に力を込めてカイにしがみ付く。

戸惑いながらも引き剥がすことを諦め、カイは後ろに立っている電柱に背を預けて、再びタカオの身体に腕を回した。

「…木之宮…」

肩に右手を置いて、左手で掻き毟ってぐちゃぐちゃになった頭をゆっくりと撫でてやる。

「体が冷えている。家に入れ」

綿のパジャマ一枚というのも薄着も気になったが、なによりタカオは靴を履いておらず裸足なのだ。

風邪を引くからという気遣いを見せたカイの言葉に、タカオの肩がびくりと揺れた。

「…っ」

「…おい…」

入りたくない、離れたくないとばかりに、更に強くしがみ付かれてしまう。

どうあっても離れるつもりがないと態度で示されて、カイは諦めたようにため息をついた。

「…今夜は一緒にいてやる。だから、中に入るぞ」

その言葉に安心したのか、やっとタカオが顔を上げた。

案の定、濡れている目尻をそっと、親指で拭ってやる。

触れる手の暖かさと優しさにほっと息をついて、強張っていたタカオの口元がわずかに笑んだ。

ぎこちないが、今夜初めて笑ったタカオに、カイも笑みを返す。

そして、入るぞと、タカオの背中を押し玄関に急かした。

素直に従った背中を見て、カイの笑みが更に深くなる。

「………」

だがその笑みは、先程までタカオに見せていたものとは全く違っていた。

まるで、ようやく捕らえた獲物を前に舌なめずりをしている、獣のような笑みだった。

いつもなら晴やかな朱雀の炎をそのまま映した紅い瞳も、暗くどんよりとした炎が宿っている。

「……」

カイの口が動き、音にならない言葉を象った。

“捕らえた”

 

 

捕らえた…ようやく。

あの無防備に放つ光に、無邪気見つめてくる瞳に捕らえられた時から、必ず自分のものにすると決めていた…

気付かれないように網を張り…

俺から逃れることができないように…

少しずつ…

少しずつ…

もう絶対、逃さない…

 

 

カイに相応しくないその笑みは、誰に見られるともなく一瞬で消え失せた。

「カイ?」

動かないカイに戸惑い、玄関の戸口で待っているタカオに優しく笑い掛けて、カイも戸をくぐった。

小さく鍵を閉める音がし、少しするとタカオの部屋の電気が消えた。

 

 

 

 

捕らえたのは誰?

捕われたのは誰?

 

狂ったのは誰?

狂わされたのは誰?

 

狂った者が悪いの?

狂わせた者が悪いの?

 

 

 

無意識にカイを捕らえたタカオ…

意識的にタカオを捕らえたカイ…

 

一体、どちらが罪深いのだろう?

 

 

 

 

答えのない問いに、答えられるのことができるのは…

 

 

 

 

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一言コメント

ダークネタ、初めて書きました。

もう一つおまけをつけると、恋愛っぽい感情を絡めて最後まで書けたのも初めてです。

左丞さんからの御題:カイタカ、涙、ダーク

御題、クリアできてます?

自分でも、ダークものが書けるんだと新たな発見でした。人間やればできるのね☆

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カイタカ、涙、ダークなどという、ややこやしいリクエストを書いていただいてしまって
本当にいつもありがとうございます。お世話になりっぱなしですみませんι
きっと、遅くなりますがHP設立記念か何かを送らさせていただきます。
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