―――決戦前夜

 

「カイ、ちょっと起きろよっ」

ラルフ達とのエキシビション・マッチを明日に控えた夜。

三つあるベッドを四人に与えて、一人床にマットを敷いた簡易の寝床に横になっていたカイは、自分の名を呼ぶ声と、軽く肩を揺すられる感覚に顔を顰めた。

眠りについた時間と睡眠の深さから考えても、夜が明けるにはまだ時間がある筈だ。その証拠に、自分の名を呼ぶ声もいつもの騒がしいものではなく、囁きより少し大きいくらいのものだった。

「…煩いぞ。木の宮…」

少しの間無視して寝たふりをしていたが、どうやら自分が起きるまで呼ぶつもりらしい。渋々とカイは目を開いて、無理矢理起こされた不機嫌も露に、膝を付き上半身を起こした。

「あーゴメン。寝てた?」

「…寝てなかったと思っていたのか、貴様は…?」

無理矢理起こしておきながらと、その的外れなタカオの問いにカイの機嫌が益々急降下する。

「…怒るなよ…悪かったって」

暗がりでもわかるくらい目つきがきつくなったカイを見て、タカオがシュンとなる。

「謝る暇があったらさっさと用件を言え」

「あ。う、うん」

用事を急かされたことに、タカオは少し居住まいを正す。

こいつが居住まいを正すとは余程のことなのかと、カイも上半身を完全に起こした。

「ちょっと忘れてたことがあってさ」

「忘れてたこと?」

「そ。…ほら」

言いながら、甲を上にした形でタカオがカイの前に拳を突き出した。

「…なんだ?」

差し出された拳の意味がわからず、カイが眉をひそめる。

「キョウジュ達とはこないだやったんだけどさ、カイとはまだやってねーこと思い出して、さ。明日のバトル、頑張ろうぜ」

にっと笑って、ほらほらと拳を振る。

どうやら、タカオは明日のバトル絶対に勝とうという約束を、カイとしたいらしい。

そういえばと、ジョニーとのバトルに負けた夜、タカオ達がリベンジを誓い合って拳を重ねていたことをカイは思い出した。

背中を向けていたので見ていたわけではない。だが、彼等のやることは容易に想像することができた。

タカオは、あの時やったことを自分ともしようと言っているのだ。

何となく感じた照れくささを噛殺し、カイがタカオの拳から目を逸らす。

「…そんなことをする暇があったらさっさと寝ろ。明日のバトルは貴様も出るんだろうが」

馬鹿馬鹿しい…呟きながらカイが布団の中に潜る。

「ちょっ…そんなことって言い方ねーだろっ?」

冷たくあしらわれたことに、タカオの声が少し大きくなる。

「カイっ?…ちょっと、俺まだ話し終わってねーのにっ」

さっさと寝る体制になってしまったカイの背を、起こした時同様タカオが揺する。

だが、今度は梃子でも起きるつもりはない。

「なーぁ、カイってばっ」

カイ同様、タカオも負けてはいない。何が何でもカイと拳を重ねるまでは自分も寝ないし、カイも寝かせるつもりはないらしい。

しつこく揺すられる背中に、これではいつまで経っても寝られないと、カイは苦し紛れの妥協案を出した。

「…気持ちだけ受け取る。だから早く寝ろ」

溜息交じりにぼそりと、背中を向けたままそれだけを言った。

「…気持ちだけかよ〜…」

それでもまだ不満そうに背中でぶつぶつ言っていたが、これ以上はカイも曲がらないとわかったらしい。少し長めの溜息をついて、ベッドに戻って行った。

モソモソと布団を被る気配があった数瞬後…

“…ったく、人を起こしておいて先に寝るとは…”

すぐに聞こえてきた新たな寝息に、カイが悪態をつく。

どうやら、自分の方は完全に目が覚めてしまったようだ。目を瞑ってもなかなか睡魔は訪れてくれない。

仕方無しに目を開けて、そっと布団から手を出す。

「…」

あの晩、重なることのなかった自分の手…。

タカオが自分とも拳を重ねようと提案した時に、あの晩彼等が背中で拳を重ねていたことともう一つ、その時何故か自分も手を見ていたことをカイは思い出していた。

「……」

カイは彼等がすることを、いつも距離を置いて見ていた。

チームが勝てばそれなりに嬉しいし、ピンチになれば助言もする。

だが、必要以上に馴れ合うつもりはないし、これからもそうするつもりはない。自分はあいつ等とは違う目的で、このバトルツアーに参加しているのだから。

それなのに、あの夜に重ねられなかった手が、何故こんなに気になるのか…?

“…この俺が、奴等に毒されてきたということか?”

自分の中に、彼等と同じ仲間意識が芽生えたということだろうか?あの時、自分も手を重ねたかったのか?

馬鹿な…湧き上がってきた考えを、手を布団の中に仕舞うことで振り払った。

なかなか寝付けないことに少し苛立って、仰向けに寝転がり、頭の後ろで腕を組む。

カーテンを閉めていない窓からは、淡い月の光が差し込みボンヤリと部屋の中を照らしていた。

その中に浮かぶ四つの布団の山を、見るとはなしに見る。

明日の試合に対する興奮や緊張は無いのかと疑う位、その山は動かない。

ふと、目線を動かして時計を見た。

アンティークな造りのそれは、窓から漏れる月明かりで針と文字が淡く光っていた。

現在の時間を確認すると、まだまだ寝る時間はたっぷりあるようだ。

布団を被りなおして、再び寝る体制に入る。

今は、明日のことだけを考える。明日のバトルに必ず勝つことだけを。

参加するしないはともかく、明日のユーロチームとのバトルは絶対に負けたくない。

“できるなら、直接ジョニーと対決して勝利を勝ち取りたいが…”

明日のバトル、出場したいと言えば、彼等は絶対に自分をメンバーに入れる筈だ。

が、参加メンバーはそっちで勝手に決めろと、BBAチームとして行動するようになった初めにそう言っている手前、自分が出たい試合だけ参加メンバーのことに口を出すのは、自分勝手すぎるようで嫌だった。

“こういう時、チーム戦というのは面倒だな…”

小さく溜息をつく。

一人ならば、勝手にジョニーに再試合を申し込むことができる。そして一人で勝てばいい。

だが、ラルフ同様ジョニーも、一度対戦し、尚且つ負けた相手と再び試合をするのとは考えにくい。

一体どういう手を使ったのか…ノン・タイトルとはいえ、いかなる場合も再試合はしないというラルフの考えを曲げさせて、明日の試合再びBBAチームは彼等と戦うことになっている。

「…」

一人で考えても答えが出るとは思えない。

今は、寝ることだけを考えよう。

寝不足でフラフラになることなど、カイのプライドが許さない。

“全ては明日、決まる”

明日になればユーロチームとの勝敗が決まる。

前回のように、成す術もなく負けるようなことは絶対にしない。

そう決心して、カイは目を閉じた。

 

ユーロチームとの決戦は、数時間後に迫っていた。

 

 


東里美様から、素晴らしい頂物を…あの夜は、こんな会話がなされていたのでしょうか?
カイ様らしい台詞、約束にこだわる可愛いタカオちゃんvv
素敵ですvv掲載許可を、いただいたので…早速、アップさせていただきました♪

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